|Posted:2010/10/05 08:54|Category :
新聞|
読売新聞『本よみうり堂』からです。
◇馬場 公彦=1958年、長野県伊那市出身。1981年、北海道大学文学部卒業。1983年、北海道大学文学部大学院東洋哲学研究科修了。2010年、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士後期課程満期修了、学術博士。東アジア論・日中関係論専攻。1984年より出版社に勤務し、編集に携わり、現在にいたる。
出版社:新曜社
出版日:2010年9月
価格:¥7140 (本体¥6800+税)
評者(井上寿一)学習院大学教授、専門は日本政治外交史
日中「国家像」の再構築を尖閣諸島の漁船衝突事件をめぐって、日中関係が緊張している。中国人船長の釈放にもかかわらず、中国側は謝罪と賠償を要求した。対する日本側はこれ を拒否する。対立がエスカレートするなかで、日中関係はどうなるのか。相互不信の悪循環に陥ることを回避しつつ、問題を原理的に考える際に役立つのが本書だ。
本書は一つの巨大なデータベースである。ここには何が集積されているのか。敗戦(1945年)から日中国交回復(72年)までの時期における総合 雑誌の中国関連記事2554件である。私たちはどの頁(ページ)からでも自由にデータを引き出して、日中関係を考えることができる。
これらの雑誌記事の内容は、政治・経済・社会・文化・思想などのあらゆる分野に及ぶ。データは著者が整然と可能な限り客観的に配置している。だから関心に応じて、任意のところから読み始めても大丈夫だ。以下では時間軸に沿って、戦後日本人の中国観の変容を追跡する。
なぜ日本は中国を見誤ったのか。戦後はこの反省から再出発したはずである。ところが反省は活かされない。冷戦下の日本の中国観は党派的思考によっ て分断される。国際政治のパワーゲームが日本を翻弄(ほんろう)する。スターリン批判、中ソ対立、中印紛争、中国の核保有。その度ごとに中国観は分裂した。
なかでも深刻な影響を及ぼしたのが文化大革命である。中国国内の権力闘争を日本の革命の理想と誤認したことの代償は大きかった。「日本文化大革 命」は幻想だった。毛沢東主義者の連合赤軍のメンバーは米中接近にわけがわからなくなる。「山荘でニクソン訪中のテレビ観き時代に遅れ銃を撃ちたり」(坂 口弘)。日中国交回復後、もはや日本人は「内なる中国」を問わなくなった。中国は観察の対象(「外なる中国」)に過ぎなくなっていく。
結局のところ戦後日本は再度、中国認識の確立に失敗したのか。本書の客観的な分析はそうだと答えるだろう。しかし著者は同時代人の心情を代弁せずにはいられない。複雑で多様な、立場を異にする1347人の言説に等しく寄り添うように、内在的な理解に努めたからである。
著者は挑発する。今の日本の中国論に「自己の思想信条を賭けた投企」があるのか? 安全な場所からの傍観者的な中国論にあるはずがない。
それでは私たちはどうすればよいのだろうか。本書からの示唆を得て、つぎの三点を挙げる。
第一は多面的な国家としての中国像の再構築である。「中国とは国益を追求するナショナリズムの大国である」。中国革命に戦後日本を仮託した言説が知的格闘の末にたどり着いたこの結論は重い。
他方で中国は、急速な経済発展に成功した後発国でもある。中国を国家モデルとする途上国は少なくない。私たちはさまざまな角度から光を投げかけて、多面的な中国像を再構築するべきである。
第二は非対称的な日中関係の是正である。戦後の日本は中国からの一方的な受信が多く、発信は少なかった。たとえば〈革命〉の輸入はあっても、〈民主主義〉の輸出はなかった。その結果、非対称的な戦後日中関係が形成された。
非対称性を是正するためには、あらゆるレベルでの相互交流の拡大をとおして、〈自由〉と〈民主主義〉の価値を発信することが必要である。価値観を 共有しない、異質な他者=中国との共存はむずかしい。それでもノイズに惑わされることなく、日本は関係改善に向けてシグナルを発信し続けなくてはならな い。
第三は新しい日本の自画像の確立である。戦後において「中国とは何か」を問うということは、「日本とは何か」を問うということだった。その帰結は 本書の結論のとおりである。私たちは中国に対する贖罪(しょくざい)意識よりも歴史に対する責任意識に裏付けられた、自立的な自国像を確立するべきであ る。その日本が明確な原則の下で対中外交を展開すれば、国際社会に平和と安定をもたらすだろう。
最近ニュースや新聞を見ると憂鬱な気分になります。早く中国との付き合い方を考え直すべきだと思います。というか、一日も早く政界再編が起こってほしいものです。…はあ〜。
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